2016年5月日本国憲法前文の成立ち

 日本国憲法は、アメリカを盟主する連合国占領軍の「押し付け憲法」だという、主に体制側から出される議論がある。そういう一面は確かにあったであろう。しかしながら、無条件降伏をした当時の軍事体制下の日本政府は13項目のポッダム宣言※を受け入れ、その後に紆余曲折はあったが、政府や国民大多数が合意して現憲法を受け入れた。これに対し戦後71年を経過し、当時の選択に異議があるというのなら、同盟国を相手にもう一度戦争をしなければならないことになる。歴史を今更前に戻すことはできない。

 ※軍国主義的権力および勢力の除去(第6項)、戦争能力破壊と新秩序成立までの日本占領(第7項)、領土の制限(第8項)、軍隊の武装解除および復員(第9項)、戦争犯罪人の処罰と民主主義の強化および基本的自由ならびに人権の確立(第10項)、公正な実物賠償、平和産業維持と軍需産業廃止、将来の世界経済参加(第11項)、以上の諸目的の達成と自由意思による平和な責任ある政府の樹立を条件とする占領軍撤収(第12項)など。

 現在安倍政権は、今夏の参院選挙を前にして憲法改正を選挙公約にしている。自民党は既に2012年4月27日「日本国憲法改正草案」発表した。自民党改憲草案が如何なるものか、本ホームページの「憲法を考える」と「日本国憲法と自民党改憲草」の比較と要点比較」に掲載した。

 ここでは、日本国憲法前文の成立ちについて記述する。
日本国憲法公布後70年を経過し、今や現憲法は近代憲法における歴史的文書になった。ここでいう歴史的文書とは、本ホームページの「憲法を考える」・「世界憲政小史 主要市民革命と世界憲法、影響を受けた日本国憲法」16頁に詳説する通りである。
 日本国憲法を起草した人々の意識の中には、世界の近代憲法が辿ってきた歴史を踏まえ、人類の進歩に貢献しようとする意図があったと考えられる。
次に、日本国憲法前文と、その一段目の文言が有名なリンカーンのゲティスバーグ演説に由来しているというので、参考に全文を掲載する。


             日本国憲法前文
一段目
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

二段目
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

三段目
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

         リンカーン・ゲティスバーグ演説
 1863年11月19日
 ゲティスバーグ国立戦没者墓地の奉献式で行われた「ゲティスバーグ演説」は、わずか2分ほどの演説であったが、自由と平等の原則を表現することに成功し、米国の生存のために戦い、命を落とした人々の栄誉を誇らかに称えている。米国史上最も重要な演説の一つと評価されている。

          ゲティスバーグ演説の全文
 87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、人はみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。

 今われわれは、一大内戦のさなかにあり、戦うことにより、自由の精神をはぐくみ、自由の心情にささげられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである。われわれはそのような戦争に一大激戦の地で、相会している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部をささげるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。

 しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地をささげることはできない。清めささげることもできない。聖別することもできない。足すことも引くこともできない、われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで闘った勇敢な人々がすでに、この土地を清めささげているからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶にとどめることもないだろう。しかし、彼らがここで成した事を決して忘れ去ることはできない。

 ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業にここでささげるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身をささげるべきは、むしろわれわれ自身なのである。―それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。


 現憲法一段目の「国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」は、リンカーン・ゲティスバーグ演説の「人民の人民による人民のための政治」を継承しているといわれている。

 更に同文の由来を辿るとジョン・ロックの社会契約説に遡ることができる。これに関連して、「人間は生まれながらにして自由・平等で幸福を追求する権利を持つ」というジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)の天賦人権説があり、アメリカ独立宣言、フランス人権宣言で具体化され、近代憲法の人類普遍的原理とされている。従って、現憲法はこれ等の社会契約説・天賦人権説の正統な系譜に位置いているといえる。

 憲法は、誰が起草したかは問題ではなく、それをさせた社会的存在である人類の代表者が、歴史上で背中を押されてつくったものと考えるのが妥当ではないだろうか。