2008年9月ヒデリノトキハナミダヲナガシ

「ヒデリノトキハナミダヲナガシ」
この一節は宮沢賢治〔雨ニモマケズ〕詩後半「サムサノナツハオロオロアルキ」の次に出てくる。賢治はヒデリで飢饉がおきたことを詠っている。南部(今の岩手県)に「ひでりにケガジなし」という諺があるというが「ケガジ」は飢渇がなまった言葉で旱ばつや冷害による飢饉のことである。溜池などから水を引くことができればヒデリがおきてもイネを枯らすことはない。

1913年の冷害以降、岩手県では開田ブームがおき、本格的な水を引く工事がないままに沼畑が水田に転用された。その結果、ヒデリが続いて飢饉がおきた。
卜蔵建治:ヤマセと冷害 成山堂書店 一部引用
          

賢治は、農民の悲しみを我がこととしてここで詠っている。連日猛暑が続く。家の庭の草花に朝打ち水をしても、シソ科の葉の広いコリウスなどの鉢は昼には乾いて萎れてしまうことがある。そんな鉢の土を触ると熱い。このまましておくと完全に枯れてしまいそうなので、昼でも急いで水をやる。しばらくしてから見ると、うな垂れていた葉が立ち上がり全体に広げている。あまりの暑さで鉢が乾くので、コリウス鉢の下に水皿をおき朝たっぷり水をやってみた。こうするとなんとか夕方までは葉が萎れないで持たせることができるようになった。

日本の季節は夏が雨季で冬が乾季にあたる。夏は高温多湿のため作物はよく育つが雑草もそれ以上に繁茂する。雑草退治が日本の農業の大きな課題である。雑草と園芸用の草花を比べてみると、一般に雑草は花や葉にくらべ茎や根は太くしっかりしているのに対し、草花はその逆に葉や花が大きい。雑草は過酷な自然にも耐え、幾百万年を生き延びてきたのに対し、観賞用に品種改良された草花は、耐久性がないため水や肥料などを施して十分人手をかけてやらないと育たない。また、畑の野菜は苗を植えつけるときに水をやるが、あとは天水まかせだ。畑の表面の土が乾いていても30cmも掘ると湿った土が出てくる。

大旱や 畑道ふさぐ 草の丈 幹治



余禄 「サムサノナツハオロオロアルキ」
稲作が東北地方に伝わって以来、しばしば夏季に低温多湿のヤマセが吹き冷害に襲われた。オホーツク海気団が夏季に南下して東北地方の太平洋岸に吹き付ける東風や北東風がヤマセである。

イネはもともと亜熱帯地方が原産であるが、東南アジアやインドで植えられているインディカ米は高温に強いのに対して、日本で植えられているジャポニカ米は冷害に強くなるように品種改良されているため、極端な高温はかえって弱くなっている。日本のイネの収穫量と気温の関係では登熟期間(イネの穂が出てからおよそ40日間)の平均気温が22~23度で収穫量が最も大きく、30度くらいまではなんとか耐えているが、30度を超えると急激に減少し、18度以下になるとほとんど収穫できなくなってしまう、最適温度は21~24度と意外に狭い。
村山貢司:異常気象 kkベストセラーズ

ヤマセが一度吹きはじめると3~7日間持続する。また、三陸海岸に一年を通じて寒流の親潮が南下してくる。夏になると気温が水温より高くなるため海霧がよく発生する。これが東北地方の脊梁山脈にぶつかると東側が薄暗い悪天候になり、西側が晴天となる。ヤマセが吹くと西側と東側が明暗をわける。

岩手県の大部分と青森県の東部、さらに秋田県鹿角地方を領した南部藩は、江戸時代の268年間に85回におよぶ凶作があった。このうち水害によるものは5回のみで、長雨・冷温などによる不作が28回、凶作38回、大凶作16回。四分の一の減収が不作、二分の一が凶作、四分の三が大凶作である。凶作や大凶作になると食糧が欠乏し人びとが餓死する飢饉になった。
市川健夫:風の文化誌 雄山閣出版より一部抜粋

わたくしはヨーロッパに行ったことはないが、話によると夏は涼しく牧草や小麦の生育に適した西岸海洋性気候という。和辻哲郎は著書『風土』でアジアからヨーロッパに至る地域を自然環境に基づいてモンスーン地帯、沙漠地帯、牧場地帯の三つにわけ、文化の違いを考察している。高緯度の西欧は、メキシコ暖流が大陸西岸を回流し夏は冬に比べて若干雨量が少なく乾燥し温暖な気候のようだ。そのためか植物が成長する夏は柔らかい牧草が育つという。それに比べ日本の雑草は猛々しく繁茂する。

下図国土交通省2004の資料により世界主要国の雨量を比べてみる。アジアモンスーン地帯の日本は世界平均の約2倍、欧米諸国の約3倍の雨量がある。これからも日本の畑作は天水でも可能であることがわかる。年間1,000mm以下の雨量の少ない国の農業は、井戸や川から水を引く灌がい設備が不可欠になる。現在、世界的にみると温暖化のせいか異常気象が続き、旱ばつに見舞われ干害を引き起こしている地域が増えている。