2006年10月 曼珠沙華

日中が暑くても朝夕になるとめっきり涼しくなる。野山の草花は勢いが失せ、風にゆれて少しずつ白が目立つようになった。今年の秋はあまり良い天気の日が続かない。台風の数は例年より少ないようだ。まだ紅葉には1ヶ月余の間がある。

ふたたび曼珠沙華の咲く時節がめぐってきた。町はずれに出ると、川べりや畦道のあちこちに、はじめはひっそりと、やがて数日すると湧くように曼珠沙華が咲く。高麗川の巾着田に100万本という大群生地があり、見渡すかぎり華麗な花を咲かせている。曼珠沙華の色は、なぜか血を連想させる。昨年アイガモのことが知りたくて八王子市高月町の広大な水田に何度か通った。稲刈りが9月10日頃から月末までに行うということを聞いて、上旬と下旬の2度現地に行った。上旬には、秋川から水を引いた田川沿いに、珠沙華がてんてんと咲き始めていた。稲穂に曼珠沙華の点景が美しかった。

曼珠沙華は、いまやヒトが利用することはないが、これが咲いていない稲刈り風景を想像することができない。桜は彼岸に、曼珠沙華は秋の彼岸に咲く。前者は再生を象徴し、後者は凋落を暗示する。いずれも日本の稲作文化の原風景を彩っている。

通常の草木は、春に花が咲いて夏に肥育し、秋には実がなる。葉を落として冬をのりきり、また春を迎える。曼珠沙華は逆に草木が衰える秋に花を咲かせ、冬に葉を育てる。生命38億年の進化の過程で、この種は、生き延びるために大勢とは逆の生き方を選んできた。生命の営みにはさまざまな行き方がある。自然の草花はその時期がくると花を咲かせる。草花には地球の自転を察知する年時計があるだろうか。

気象の経年変化の若干ずれがあっても、数年の単位でみれば大抵は1週間以内(±約2%)に咲くものは咲く。また最近の異常気象・地球温暖化などで東京は温帯から亜熱帯に移行しつつあるという見解もあり、亜熱帯の植物が咲き出したという報告も出ている。

ヒトは自然の恵みを摂取して生活圏をきずいてきた。あらゆる種はヒトのために存在しているのではない。毒を持つものでも、自然の中で存在意義があるから残ってきた。それゆえ、ヒトの用・不用の独善によって、むやみに種を絶やすことは許されない。

曼珠沙華は、9月頃地上に葉もないのに、いかにも唐突に地下茎から高さ30cm~60cmの花 茎を1本立て、頂に朱赤色の蕊の長い花を数個群がり咲かせる。花が終わると光沢のある線形の葉が多数出て、そのまま年を越し翌年春に枯れる。秋の彼岸の頃に咲くところから、和名はヒガンバナ。中国から渡来した帰化植物といわれ、日本全土及び中国に分布する。
日本のものはほとんど結実せず、種ができても発芽しない。燐茎はアルカロイドを含み有毒。 昔は飢饉のとき、水にさらして食用にした。吐剤や去痰剤にも用いる。 
四季花ごよみ(講談社)

わきいだす 畦のほとりの 曼珠沙華 幹治