2005年5月 身土不二

車道の両側に田植えが済んだばかりの植田が続く。行く手には低山が連なり、針葉樹の間にさまざまの色相の落葉樹が一斉に芽吹き出している。空は晴れ渡り、五月の爽やかな風が吹いている。やがて車は山里の奥に着いた。このあたりには山の中腹まで棚田が続いている。車から降りて谷戸の奥を見上げると、周囲を圧するような豪壮な藁屋根の長屋門が建っていた。豪農の館である。車道からその門までは幅5m位奥行き約30m位の私道が延びている。

その右側の畑にはえんどう豆が白い花を咲かせ、左側には大きな蘇鉄の木が門まで並んでいる。長屋門は二階建てになっており、人が住まっているようだ。裏山からは鶏の鳴き声が聞こえてくる。一行がその門を潜ると、脇にいた犬が突然吠え出した。猫がまとわりつく。その奥には別棟の藁屋根の母屋があり、当主が我々を出迎えてくれた。

ここは、南房総のある山村の一四代続く農家である。当主は、年の頃五十台前半であろうか。先々代は村長をしていたそうだ。現在は六反の田んぼで米を作り、畑作と養鶏をしながら、予約で昼だけの客を取る食事処を営んでいる。玄関に入る。式台に続いて十二畳の客間があり、そこに座卓を並べ食事が出来るようになっている。鴨居の上には歴代の夫婦の写真の額が掛けてあり、部屋の壁の左側に古い仏壇が置かれてある。またその右側には天照皇神の軸が掛かり、その脇に今上天皇皇后と皇太子皇太子后の肖像が置かれてあった。

ここには昔の農家の座敷の佇まいがそのまま残っている。やがてご飯の入ったお櫃とご膳が運ばれてきた。ご膳には大盛りの玉子焼きとさまざまな漬物と味噌汁が並べられてある。お櫃に近い人がめいめいにご飯を盛る。ご飯は、たった今竈で炊き上がったばかりで香ばしい甘い匂いがする。米の粒が立っていて色艶が良い。一口頬張ると、懐かしい昔のしっかりした飯の味が口一杯に広がる。別の茶碗にお焦げもついてきた。

昔、母親はお焦げができるとそれでお握りを作ってくれたものだ。分け合ってみんなでお焦げも食べた。この玉子焼きは濃い本物の味がする。ここの卵を産んだ鶏は裏山の鳥屋の中で放し飼いにされている。当主によると、ここで出す料理の材料は全て自家製で、三十年前から有機農法を続けているそうだ。正に、身土不二(身体と土とは一つであるとし、身近なところ三里から四里四方で育ったものを食べて生活する考え方)の世界がここにある。

「こんにちは」隣の部屋から五・六歳位の男の子が顔を出した。ややあってその子のお母さんが顔を出す。この親子はどうも都会のお客のようだ。

賀正札 柱にのこる 暮春かな 幹治