2004年9月 曼殊沙華

「稲穂の立っているのは雀に食われた稲だ。雀が群がってきて実る前の稲の白い汁を吸ってゆく。ここには数百羽の雀の群れが3つほどいて、収穫量の1割5分から2割ほどが雀に食われてしまう。この辺の田んぼの反収は6から7俵というところだ。ここは八王子市高月町秋川添いの都下随一の米の水田地帯である。この田んぼでは鳥害予防の網が張っていない。網を張ればどの位の効果があるかと重ねて聞いてみた。それでも5分から1割位は食われてしまうという。この水田地帯は秋川に接し対岸にマンションが立っている。この地域では音を出すと住民から苦情がでるので、稲雀を空鉄砲で追い払う威銃(おどしづつ)が使えないとのことだった。

近年、農地がどんどん住宅地に変わり鳥獣の住まいが追われ、身近な雀などもここに集まってきたものか。仮にコメの収穫量の1割4分が雀に食われるものとすると反収8俵獲れるものが7俵となり1俵ほど被害を受ける計算になる。1俵が60kg(精米にすると約1割減の54kg)とすると1人平均年間食べるコメの量に匹敵し大変な被害だ。

新聞報道によると、農林省は2004年度産のコメの作況指数(平年を100とする)が、夏の好天の影響で、103の「やや良」になるとの見通しを発表した。10アール(反収に相当)当りの収穫量は過去最高だった1994年の作況指数109の544kgに次ぐ542kgになるという。これは1俵を60kgとすると約9俵に相当する。(冷夏に見舞われた昨年の作況指数は90の「著しい不良」でコメ価格が急騰した。)

一昔前は今ほど稲の品種改良が進んでいなかったため、天候や病虫害に左右され収穫量も今の半分か1/3だったようだ。今は米の消費が大分減ってきたが、江戸時代の人は1年で1人扶持の1石(2俵半:約150kg:但し、お百姓さんはコメ以外の雑穀を含めて食べていた。)食べたそうだ。昔はコメが国民総生産(GDP)の重要な生産物であった。国内でコメが余るようになったのは稲作が始まって以来、ごく近年の約40年前からといわれている。

それにしても高月町の米の収穫量は全国平均からみると大分少ない。ここでは兼業農家が大部分で、専業農家は全農家中の約1割とのことである。高月町の水源の秋川取水口から農家が密集しているところを抜け、田んぼの中を畦川添いに下流に向かって歩いてみた。空は澄みわたり左右の田んぼから心地良い風が吹いてくる。遠くには浄水場の塔が見える。近くの田んぼから稲雀の大群が一斉に飛び立った。ところどころ、畦に添って曼殊沙華が細長く咲きだしていた。

いっぽんの 管となりたる 曼殊沙華 幹治