2004年5月 梅雨

太鼓の音が一段と高くなった。御灯明の点火が始まったらしい。義母と私は蝋燭を持って杜へ急ぐ。あたりはまだ日が落ちて間もない。杜の下に近づくと、蝋燭を持って近所の人たちが三々五々集まってきている。交通整理も出ている。十二社神社の御灯明祭である。              
一昔前は、湿潤な梅雨時期に人や家畜に伝染病が流行ったり田畑には病虫害が発生して人々が苦しむことが多かった。特に子供は抵抗力の弱いので命を落とすことが多く、人々が神仏に加護を願う気持ちに切実なものがあった。近年始まったこの杜の初夏の御灯明祭も、迎える夏を無事に健康で乗り越えられるようにと願う意味が込められている。

杜の下から狭い石段を見上げると、石段の両脇を埋め尽くした無数の蝋燭の火が大きく揺らいでいる。地面に刺された竹串の蝋燭の火が、大きな束となって熱風を吹き上げている。近寄ると足元が熱い。一方通行の石段を一歩一歩登りながら蝋燭の刺されていない竹串をさがす。手の届くところは、既に蝋燭が刺され点灯している。漸く上の方の左脇を少し入ったところに五・六本蝋燭の刺されていない竹串を見つけた。

足元の火に気をつけながら目的の竹串に近づき、その周りを二人で屈む。家族の名前を記した4本の蝋燭を竹串に刺し、近くの火をもらって点火する。蝋燭の火は顔の半分を照らし濃い陰をつくり出す。火に向かって両手を合わせる。人々の願いが込められた無数の火は大きな火となってあたりを明るく照らしている。

石段を登りきり、正面の本殿に向かい拍手を打ち家族の無事と安全を祈る。本殿の左側の広場が御灯明祭会場だ。その周りを屋台やテントが囲み沢山の人が集まっている。その正面に六張りの太鼓が据えられ、半纏を着た若い男女が太鼓を打ち鳴らしている。町会の同好会の踊りが始まった。

本殿の脇に大釜が据えられ粥を煮ている。その粥を戴くために長い列が繋がっているのでその列の後について粥を戴く。一口粥を啜ると舌が焼けどする位に熱い。この粥には粟と梅干と白菜漬けが入っていて塩味が利き、結構美味い。夕飯前の小腹が少し納まった。

踊り終わる頃になると、いつの間にか人影が減ってきた。石段下の蝋燭の火を覗き込むと、闇が降りてきた樹間を蝋燭の残り火がまばらに照らしていた。

だんだんに けぶりて梅雨の木 となれり 勝彦